本試令和2年刑法 構成メモ
1. 雑感
新傾向の出題3年目。設問2の事実抜き出し問題は、相当因果関係説を採って犯罪の成立を否定させる変わったものが含まれていた。判例が因果関係の判断基準について明示していないうえ、複数の見解の想起が比較的簡単なので、TKC模試の刑法設問3よりはマシであろう。
しばらくの間は、強い誘導の下で①罪責を絞り理論的対立のある部分について重点的に論じさせる設問②これまで通り複数の罪責を処理させる設問③②の一部について異なる結論を導く構成を検討させる設問のセットが続くんだろうか。
2. 構成メモ
設問1
1 甲が暴力団員を装い、脅迫的言辞を用いてBに対し600万円を自己の口座に送金するよう申し向けた行為
Q1.詐欺罪と恐喝罪のいずれに問疑すべきか
Bが600万円を送金したのは、甲を暴力団員と誤信した結果弁済しないと家族などに危害を加えられると畏怖したから+甲が暴力団員を装ったのはあくまでBを畏怖させる一手段→恐喝罪に問疑
口座の金銭についてはその名義人が自由に引き出せることから、1項恐喝に問疑する
Q2.構成要件該当性
⑴「恐喝」
財産の処分行為に向けられた、反抗を抑圧するに至らない程度に人を畏怖させる暴行又は脅迫
→脅迫に該当
⑵「財物を交付させた」
畏怖に基づく交付行為があったといえる
⑶ 財産的損害
・①の見解
財産的損害は実質的に捉えるべき。恐喝がなければ600万円は交付しなかったといえるのだから、600万円全額が財産的損害となる。権利行使の手段として恐喝を行ったことは違法性のところで考慮すれば足りる
・②の見解
財産的損害は同じく実質的に捉えるべきであるが、意思に基づいて債務の弁済をしたに過ぎない以上、債務額を超える部分についてのみ財産的損害が生じたと考えるべき
したがって、100万円が財産的損害となる
・どちらが妥当か
恐喝により600万円を支払うのと、任意の弁済として600万円を支払うのとは質が異なり、別個の支払と評価できる
→実質的損害は600万。①によるべき
600万円が財産的損害となる
⑷恐喝行為・畏怖・600万円の交付・財産的損害との間に因果関係あり
⑸故意
甲はBを畏怖させ600万円を交付させることを認識認容して本件行為に及んでいる→故意あり
⑹Q3違法性が阻却されるか
恐喝罪の構成要件に該当する行為であっても、①権利行使という正当な目的があり、②権利の範囲内において行った行為で③その行為が社会的相当性の範囲内にあるといえる場合は違法性阻却
→少なくとも②はみたさないだろう。違法性は阻却されない
2 恐喝罪成立
設問2
1 事実① 混入させた睡眠薬が人を死亡させる危険性を有していなかった事実
理由 殺人罪の実行行為性がない
2 事実② Aが特殊な心臓疾患に起因する心不全で死亡した事実
理由 刑法上の因果関係を、条件関係を前提にして、行為から当該結果が生じたことが行為時点において一般人が認識し得た事実・行為者が認識していた事実を基礎にして相当といえるかで判断する
甲が睡眠薬入りワインを飲ませなければAは死亡しなかった→条件関係あり
Aの特殊な心臓疾患は、一般人として行為時点で認識できないし、甲も認識していなかった→因果関係の判断の基礎から除外される
→甲が睡眠薬入りワインを飲ませた行為からAの死亡結果が生じたことは相当とは言えない
3 事実③ 甲が睡眠薬で死ぬことはないと思っていた事実
理由 ワインを飲ませた時点でAが死亡することの認識認容を欠いている→殺人罪の故意がない
設問3
1 預金の払戻しを請求した行為
Aとの関係での横領罪(252)
Q.600万円は「自己の占有する他人の物」か
正当な預金の払戻権限を有する者は、預金債権を行使して銀行が占有する不特定物たる金銭を預金額の限度で自由に引き出せる
→銀行が保有する不特定物たる金銭について預金額の限度で法律上の支配力を及ぼしているといえる
→「自己が占有する」といえる
Aから使途を定めて委託されているが、刑法上金銭所有権は寄託者に帰属するから「他人の物」といえる
Q.既遂時期
払戻請求時点
2 Aに睡眠薬入りワインを飲ませた行為
⑴強盗殺人罪
Q1「強盗」該当性―第1行為が「暴行」たりうるか
肯定でよさそう
Q2「強盗」該当性―具体的な財産的利益の確実な移転に向けられたものといえるか
肯定できそう
Q3睡眠薬飲ませた行為と死亡との間の因果関係があるか
危険の現実化説に立てば肯定可能
Q4強盗殺人罪は殺人の故意ある場合も成立するが、睡眠薬飲ませる時点では甲に強盗殺人の故意なし。→第1行為を強盗殺人罪の実行の着手とみることができるか
→実行の着手は構成要件的結果発生の現実的危険性を惹起する行為
→実行行為と密接に関連し、法益侵害実現の現実的な危険性があれば実行の着手といえる
睡眠薬飲ませる行為を第1行為、ガスを発生させ吸引させる行為を第2行為とすると、人を死亡させる現実的危険性があるのは第2行為。ゆえに、第1行為が第2行為と密接に関連し一連一体と評価でき、第1行為の時点で死亡結果の発生に至る現実的危険性があるならば、第1行為をもって強盗殺人罪の実行の着手があったといえる
→本件では、①第1行為はAを動けない状態にし、第2行為を容易かつ確実に行うために必要不可欠であったといえる②Aが眠ってしまえばガスの発生は甲が任意に行える→障害となる事情なし③時間的場所的にも近接している
→第1行為は実行行為たる第2行為と密接に関連しており、第1行為の時点で死亡結果を実現する現実的危険性がある
→第1行為の時点で強盗殺人罪の実行の着手があったといえるから、甲にはそれに対応する故意もあった
因果関係も構成要件的評価において一致するから問題なし
→成立
3 Aの腕時計を上着のポケットに入れ持ち去った行為
窃盗罪 特に問題点なし
4 罪数
横領、強盗殺人、窃盗
→併合
以上