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一橋ロー入試対策情報・司法試験過去問・修習雑記

契約書の存否が契約締結の事実認定に与える影響

本記事は、修習中に自分がメモに書いたまま放置していた疑問点を自分なりに調べ、言語化しようと試みるシリーズの第1弾です。

1 契約書あり=契約存在、契約書なし=契約不存在?

 民事訴訟においては、金銭消費貸借契約や不動産の売買契約が締結されたか否かが争点とされることが少なくありません。契約締結を基礎づける証拠として、最も典型的なものが契約書です。言わずもがな、成立の真正に争いのない契約書は、契約締結の有無の判断を大きく左右する重要な証拠となります。最判昭和45年11月26日集民101号565頁も、「右各証(筆者注:売買契約公正証書を含む)の記載および体裁からすれば、別異に解すべき特段の事情が認められないかぎり、昭和三二年一一月一九日被上告人と上告人ら間に本件土地につき売買契約ないしは売買の予約が成立したものと認めるのが自然である」として、契約書に高い実質的証拠力を認めています。

 判示上は明らかではありませんが、事実上はその対偶も成り立つといってよいでしょう。契約締結を主張しながら契約書が提出されていない場合、契約の類型によってはそれだけで心証が契約不成立の方向に傾くことも往々にしてあり得ます。

 ここから、「契約書あり=契約存在、契約書なし=契約不存在」という事実認定上の図式が一応見てとれます。もっとも、前記判示にもある通り、「別異に解すべき特段の事情」という例外の余地が残されています。では、「別異に解すべき特段の事情」により、上記図式から外れた事実認定がされるのはどのような時なのでしょうか。修習中のメモ書きはここで途切れているので、以下、契約書が巻かれる目的に遡って考えることにより、考えを掘り下げてみます。

2 ツールとしての契約書

 そもそも、売買契約や金銭消費貸借契約は諾成契約なので、契約書を作成する必要はありません。なら、何故皆が契約書を作成するのか。それは、後日の履行を確保するために他なりません。後から「契約締結をした・していない」の水掛け論に陥ることを回避するために生み出されたのが契約書、というわけです*1。以下では、後日に契約締結の有無をめぐって水掛け論的紛争に陥ることを防止する目的のことを、「履行確保」と表記します*2

 履行確保の手段として契約書を捉えるのであれば、契約書の存否が契約締結の事実認定に与える影響は、個別具体的事案の下での履行確保の必要性(広義の必要性)及び契約書による履行確保の必要性を検討することによって判断することができそうです。

 ここでは、①契約類型上の履行確保の要請強度②当事者による履行確保の意思③代替的履行確保手段の有無という3つの着眼点を提唱し、これらの視点から契約書の存否が契約締結の事実認定に与える影響を考えてみたいと思います。

3 着眼点別の検討

⑴ ①について

 「実務上契約書を作成することが通常とされる(=契約書による履行の確保が強く要請される)契約類型かどうか」が重要な着眼点になります。

 例としては、不動産の売買契約が挙げられるでしょう。口頭での合意時期と履行の時期にラグがあることが多く、履行が確保できない場合には当事者に大きな経済上の不利益が生じますから、契約書によって履行を確保しようとする強い要請が働きます。だからこそ、成立に争いのない契約書が存在するのであれば、特段の事情がない限りその内容通りの契約が存在することが認定できます。 

 逆に、そのような契約類型でありながら契約書が存在しないとなると、契約が締結されたことについて相当程度の疑義が生じることになるでしょう。したがって、「契約書あり=契約存在、契約書なし=契約不存在」の図式が成り立ちます。

 逆に、合意と同時、又は合意後即時に履行がなされるのが通常であり、取引の規模も大きくない場合には、敢えて契約書を作成するほど履行確保の要請は強くないと考えられます。このような場合、契約書が存在しないことは、契約締結の有無を判断する上で決定的な事情とはならないでしょう(「契約書なし=契約不存在」とは限らない)。

 そういった意味では、①の着眼点は図式発動の前提条件となるといえるのではないでしょうか。

⑵ ②について

 「誰と誰の間の契約か」という属人的な事情や、合意の経緯に関する事情から、当事者をして後日の履行を確保しようとする意思があるかが分かります。

 当事者に後日の履行確保の意思があれば、契約書を作る必要性は高いので、「契約書あり=契約存在」の図式が成り立ちます。但し、後述するような特殊な例外が存在します。

 「契約書なし=契約不存在」については、契約が重要であれば成り立つ図式ですが、当事者の意思如何によっては契約締結が肯定されることも十分考えられます。

ア 「契約書あり=契約存在」の例外として、当事者が合意を仮装していた場合が挙げられます。不動産の売買契約書が存在するものの、実体は財産隠しが目的であるというような場合です。売買契約を仮装していたに過ぎない場合は、当事者に履行確保の意思がないため、契約書を作成する実益がありません。したがって、最終的な結論としては契約の締結を否定することになるでしょう*3

 なお、成立の真正に争いがない契約書が処分証書に該当する場合は、特段の事情を検討することなく記載通りの合意がなされた事実を認定することとされています*4。この見解と通謀虚偽表示等の意思表示の瑕疵の主張との関係については、別記事で整理する予定です。

イ 「契約書なし=契約不存在」の例外としてよく挙げられるのが、親族間での合意です。子が親から金銭を借りるようなケースでは、契約書が作成されないこともあります。その基礎には、「子が履行しない可能性を親が消極的に許容していることが多いから」という実情があると考えられます。

 他方、子の経済的独立性、親族関係の密度及び親族内での慣行によっては、「子が履行しない可能性を親が消極的に許容している」とはいえず、図式通りに心証形成されることとなるでしょう。

 

⑶ ③について

 契約書が履行確保の手段として用いられるとの理解を前提にすると、代替的履行確保手段が存在しないのであれば、契約書は契約締結を基礎づける極めて重要な証拠となり、「契約書あり=契約存在、契約書なし=契約不存在」の図式が非常に分かりやすいものとなります。

 もっとも、代替的履行確保手段が存在する場合には、「契約書なし=契約不存在」に例外を認める余地が出てきます。例えば、不動産の売買契約において、合意の際に買主が売主に対して現金で代金を支払い、売主が買主に対して登記に必要な書類を交付していたような場合が挙げられます。登記に必要な書類が買主の手元にあれば、移転登記手続は買主が行うことができるので、別途契約書を作成して売主による後日の履行を確保する必要はありません。このような場合には、売買契約書が作成されないことも十分あり得ます。

 金銭消費貸借契約において保証契約が締結されている場合はどうでしょうか。保証契約も代替的履行確保手段に位置づけられますが、金銭消費貸借契約とは別個の契約であり、当事者も金銭消費貸借契約とは異なるため、保証契約が締結されているからといって「別途契約書を作成して売主による後日の履行を確保する必要はない」とは言い難い気がします。また、保証契約が要式契約であることとの関係で、金銭消費貸借契約だけ書面を作成しないということがどれだけあり得るのかは気になるところです。個人的には、「契約書なし=契約不存在」の例外としてそれほど重視すべきでないように思います。

4 小括

 「契約書あり=契約存在、契約書なし=契約不存在」という図式がどこまで妥当するかは、①契約類型上の履行確保の要請強度②当事者による履行確保の意思③代替的履行確保手段の有無という視点から事案を分析することにより、ある程度線引きを行うことができそうです。大量の裁判例にあたって判断を覚えていくよりは、このような視点から事案を見てみる方が良いかもしれません(場合によっては、より説得的に説明できる視点が見つかるかもしれません)。

                                    以 上

*1:2022/9/27追記:契約書の機能には、①意思確認機能(軽率な意思表示を防止する)、②合意内容明確化機能(契約内容の詳細な部分まで明確にする)、③証明機能(後日の確認や、後継者や後任者への引き継ぎに資する)の3つがあると説明されます(中田裕康「契約法新版」有斐閣(2021)139-140頁)。当記事では、事実認定との関係で③の機能にフォーカスしています

*2:ポイントは「後日」の履行確保という点にあります。契約書の果たす役割からすれば、契約書は遅くとも合意時までに作成されていると考えるべきだからです。合意後、特に契約締結をめぐる紛争が顕在化してから作成・提出された契約書については、そもそも後日の履行確保の目的で作成されたという前提を欠くため、証明力は低いものとなります。

*3:もちろん、代金の授受や登記の移転時期といった外部事情からも契約が締結されていないことが推認できることが多いです。

*4:司法研修所編「事例で考える民事事実認定」法曹会[2014]、36頁