One's Note

一橋ロー入試対策情報・司法試験過去問・修習雑記

伊藤塾の刑訴論証を見直す(前編)

お久しぶりです。

 

今般、質問箱に次のような質問が来ていました。

伊藤塾の刑訴論証で直したところはありますか?」

「(伊藤塾の論証について)以下を直してくれると嬉しいです。●強制処分の意義→採点実感で怒られた。●比例原則→誤った説明をしている。●所持品検査→論証がおかしい。●重複逮捕勾留の書き方がおかしい●公訴事実の同一性の論証」

 

今回・次回の記事はこれらに対する返答・検証をしてみます。

 

※注意

私が伊藤塾で学修していた時点での論証を対象としています。近年の改訂により内容が変わっていることもあります。

 

1.伊藤塾の刑訴論証で直したところ

 

答えからいうと、大きく書き直したというものはあまりありません。呉講師の基礎本に記載されている論証が、伊藤塾の刑訴論証をアップデートしたものであるためです。

もっとも、BEXAの国木講師による刑訴論証講座を受け、自分で演習と検討を繰り返すなかで言い回しを改めたものはいくつかあります。

 

2.各論証の検討

(1)はじめに

 「伊藤塾の刑訴論証はやばい」というのは、司法試験受験生の諺かというほど良く聞く話です。おそらく古江本ユーザーやロー生が発生源と思われます。その割に、どこがどうおかしいのかを具体的に指摘したものは殆どないのが不思議なところです。

 本当は受験生自身がどうおかしいかを考えたうえで修正するのが最も勉強になりますけれど、私の鈍った頭をたたき起こすべく自分でも検討してみます。

 

(2)強制処分の論証

 伊藤塾が使用する論証は、大要以下のような流れで「強制の処分」(刑訴197Ⅰ但し書の定義を導きます。記憶している限り、旧版と新版が見られます。

〔旧版〕

①科学技術の発展により捜査が新たな権利侵害を伴う場面が生じつつある

②もっとも、権利侵害を伴う新たな捜査をすべて「強制の処分」と解すると真実発見の要請(刑訴1)を害する

③そこで、真実発見の要請と権利保護の調整の見地から、「強制の処分」とは、明示又は黙示の意思に反して重要な権利利益を侵害制約する処分をいうと解する

〔新版〕←GPS捜査に関する判例との関係ではこちらがおススメ

①強制の処分については、強制処分法定主義及び令状主義の厳格な制約に服する*1

②そうだとすれば、「強制の処分」は、これらの厳格な制約に服させる必要があるものに限られると解すべき

③そこで、「強制の処分」とは、明示又は黙示の意思に反して、重要な権利利益を実質的に侵害制約する処分をいうと考える

 

 良く叩かれるのは旧版③の下線部分です。「そもそも刑訴法が真実発見の要請と権利保護の調整を図るものなんだから、何も言っていないに等しい」ということですね。確か古江本でもそのように言われていました。また、①②の記述から反意思性と権利侵害性を導き出すには、もう少し行間を埋める必要があるでしょう。

 個人的には、反意思性と権利侵害性が導出される理由が分かりやすい新版の方をお勧めします。

 なお、私は新版①②③を圧縮し、「『強制の処分』(197Ⅰ但し書)とは、強制処分法定主義及び令状主義の厳格な制約に服させるべき処分、すなわち、明示又は黙示の意思に反して重要な権利利益を実質的に侵害制約する処分をいう。」と書いていました。

(3)比例原則の論証

比例原則に関する伊藤塾の論証は以下の通りです。

「任意処分であっても捜査比例の原則に服するのであり、無制限に認められるわけではない。具体的には、必要性、緊急性も考慮した上、具体的状況の下で相当と認められる場合に限り許容されると解する。」

 これは何ら誤りではなく、修正する必要はありません。最決昭51年3月16日刑集30巻2号187頁は、捜査を行う必要性(含:当該捜査手法を用いる必要性)と、当該捜査によって制約される権利利益の保護の要請とを比較衡量して判断しています。「緊急性」は、あくまで高度の必要性があることを意味しているにすぎないと理解されます。

 私もこれを使っていましたが、1文目については「任意処分は捜査の『目的を達成するため必要』な限度で許される(197Ⅰ本文)」という形で捜査比例の原則を具体的に示していました。

 かつて、ネットで捜査比例原則を「実体的真実発見と適正手続の利益衡量」と表現したものをみかけました。これが説明になっていないということは、(2)で書いた通りです(より具体的な根拠である197Ⅰ本文を示せば足ります)。これが伊藤塾の記述であることの確認は取れていません。

 

(4)所持品検査

 所持品検査に関する論証は以下の通りです。ちょっと伊藤塾の論証が見当たらなかったので、私が使っていたものを代わりに書きました。

「所持品検査は、「停止」させる行為(警職法2Ⅰ)に該当しないが、許されるか。

 2Ⅰの趣旨は、対象者の嫌疑を解消するために質問を実施継続することにあるから、「停止」は質問に付随する行為として許容されるものを例示したに過ぎないと考えるべきである。

 したがって、職務質問を実施継続するために必要な行為であれば、質問に付随する行為として許される。

 所持品検査は、口頭による質問と密接に関連し、職務質問の効果をあげるうえで必要かつ有効な行為であるから、質問に付随する行為として許される。

 付随行為と言っても任意に行うのであるから、原則として所持者の承諾を得なければならない。もっとも、行政警察活動の目的に照らし、捜索に至らない程度であれば、所持者の承諾を得ずに行うことも許される。」

米子銀行事件(最判昭53年6月20日刑集32巻4号670頁)をベースにした論証です。これが一番無難だと思います。ポイントは、所持品検査の適法性を「強制の処分」該当性という枠組みで論じないことです(まだ司法警察活動の段階に移行していないからです)。

 

後編に続きます。

*1:その趣旨は、手続・要件を法律で明示することで捜査権の濫用を防止することと、民主的授権を行う必要性に求められます。民主的授権の必要性というのは、国民の権利利益を侵害する捜査の手続や要件は、捜査機関でなく被処分者である国民自らが定めるべきである、ということです。