One's Note

一橋ロー入試対策情報・司法試験過去問・修習雑記

本試平成18年刑法 構成メモ

1. 雑感

 

 正当防衛は新判例を踏まえたR3での出題が予想されている。R2の出題がH19の焼き直しに近かったことを考えると、正当防衛における急迫性の限界事例ともいえるH18もアレンジされる可能性がある。ということで、新判例の基準を使って再検討することにした。

しかし、H18で一番難しいのは正当防衛の検討そのものではなく、丙の致死結果を生じさせた暴行が特定されていないことである。ここの処理は構成段階で深く考える必要があり、刑法では珍しい水面下での思考が要求される。

分析本の再現答案や趣旨・実感を参照していないので参照の際は注意して欲しい。

2. 構成メモ

第1 各人が帰責される行為の確定

1 丙は左頸部切創及び左上腕部切創の傷害を負い、前者による頸動脈損傷で死亡している

しかし、各傷害結果が甲乙のいずれの暴行から生じたか明らかでない

→各人が責任を負う行為について確定する

2 乙が丙をカッターで切りつけた行為について

⑴甲は共謀共同正犯として責任を負うか

成立要件を論証

⑵意思の連絡

問題の事実から甲乙間に意思連絡があったといえるか?

「カッターの受け渡し」については少なくとも認識を共同していた。しかし、甲について「乙が渡したナイフで丙を切りつけること」までの認識があったといえるだろうか。

◆肯定方向

カッターナイフを渡せといったら、そいつはカッターを使って切りつけるのが普通。

現状乙は興奮して胸倉をつかんでいるのだから、切りつけもありうる

◆否定方向

乙は甲ほど粗暴な性格ではないことからすると、いきなりカッターで切りつけるまでには至らない可能性が高い。

乙は完全に頭に血がのぼっており、甲と共同して犯行を実現する意思を有していなかったのではないか。

→意思連絡を肯定

(2)共謀に基づく共同実行

乙の切りつけ

⑶正犯意思

あり

→乙の切りつけ行為について、甲も共同正犯として責任を負う

3 甲が丙をカッターで切りつけた行為について

甲乙間で前述の共謀が成立する前の行為なので、乙が共同正犯として罪責を負うことはない

→207条の要件を充足することはない(同一の機会性は認められないだろう)

→甲のみが責任を負う*1

 

第2 乙の罪責

1 カッターで切りつけた行為

傷害罪の構成要件に該当(捜査結果から、いずれかの切創傷害については責任を負う。ただし、死亡との因果関係は不明のため致死結果は帰責不可)

2 罪責

傷害罪が成立し、甲とは同罪の限度で共同正犯となる

 

第3 甲の罪責

1.丁をバットで殴った行為

傷害罪(204条)

(1)構成要件該当性

現にけがをしているので、実行行為性を厚く論じる必要まではない。

傷害結果も端的に認定すればよい。

故意は特に問題のない限り「欠けるところはない」で流せばよい

(2)違法性

「急迫」性を基礎づける積極事情・消極事情をピックアップする

規範:正当防衛は、公的機関に救済を求める余裕がない緊急の事態において、私人による対抗行為を例外的に許容する趣旨の規定である

したがって、侵害の「急迫」性については、上記法の趣旨から、対抗行為に先行する事情を含めた行為全般の状況に照らして判断すべきである

そして、上記の法の趣旨に照らして対抗行為が許容されないといえる場合には「急迫」性が否定される

急迫性を肯定する方向の事情

・甲は当初からバットを振ったわけではなく、殴られたのに怒って振った(対抗行為に及んだ際の意思)

→積極的な加害意思に基づく行動とはいえない。

・バットで肩しか狙ってない→枢要部を狙っておらず、積極的な加害意思があるとはいえない(対抗行為自体の状況)

急迫性を否定する方向の事情

・甲丙丁の不仲→口論が喧嘩に発展する可能性は高かった(侵害の予期)

・侵害も、胸倉をつかむというもので予期と齟齬するものではない(侵害の予期)

・降りなければ喧嘩にならないのに、降りていった(侵害の回避可能性)

→警察等への通報が十分可能であり、緊急の事態だったとはいえない

・バット・カッターナイフを持って行っている

→侵害に対する事前準備をしていた(事前準備)。私的闘争に近く、緊急事態とはいえない。(これだけでは積極的加害意思を認定できない)

まとめ

公的機関に救済を求める余裕がない緊急の事態にあるとは言えず、対抗行為が許容される状況だったとは認められないから、「急迫」性はない。違法性は阻却されない

⑶傷害罪成立

2.丙をカッターで切りつけた行為(自身による切りつけ行為と乙の切りつけ行為とを合わせて検討する)

(1)構成要件該当性

傷害致死

※自身の切りつけ行為と乙の切りつけ行為のいずれから生じた結果についても罪責を負うから、死亡結果についても帰責できる

(2)違法性阻却

急迫不正の侵害は問題なく認められよう。

問題は相当性。すでに丙が手で肩をつかんでいることを前提に採り得る手段を考える

素手で払う

体格差がある以上振り払うのは不可能に近い

・カッターで脅す

既に手がかかっており、脅すのでは防衛に足りない(可能性がある)

・カッターで切る

ひるませるには有効。しかし、部位としては足や手の先でも良く、肩をめがけて切る必要まではない

→「やむを得ずにした」とはいえない

→過剰防衛が成立

※正当防衛の否定が若干無茶。しかし、仮にここで正当防衛の成立を認めた場合、誰にも致死結果を帰責することができなくなる。酷な要求をする分量刑上考慮する、という処理の方が結論としては妥当と考え、このようにした。*2

傷害致死罪が成立するが、過剰防衛により刑が任意的に減免される

3.丙の顔面を殴った行為

暴行罪

4.罪数

①丁に対する傷害罪②丙に対する傷害致死罪③暴行罪が成立。③は②に吸収、②は傷害罪の限度で甲と共同正犯になり、刑が任意的に減免される 両者は併合罪

                                     以上

 

 

                      

*1:H28,R2で207条の適用に関する判例が出され、意思連絡の有無は不問になり、機会の同一性が要求されることになりました。今回の場合、甲の切りつけについては乙との意思連絡を認めることができないほか、乙による切りつけとの機会の同一性もないので、乙が致死結果について責任を負うと解するのは難しいでしょう。

*2:致死結果を帰責させるという結論ありきの思考過程です。自身の切りつけ行為と乙の切りつけ行為を別個に捉える→前者について正当防衛の成立を認め、後者について死亡結果との因果関係を否定して傷害罪の限度で成立させる、というのもありだろうと思います。弁護士の先生との検討会では両方のアプローチを検討しましたが、本文の処理の方が穏当ではないかという結論に至っています。